88:名無しさん:2013/06/21(金)00:15:38.32ID:1++pF4K2
オレは世界でいろいろなできごとが起こるたびに傷つくし、苦しむよ。
でもそれが、「無限の豊かさ」へ続く道への入り口だと思っている。
まず、傷ついた気持ちや苦しむ気持ちが、
世界をよりよい方向へ動かすためのきっかけになる。
事故が起きたら、二度と起きないようにどうすればいいか考えるだろ。
感情が、適切な対応をすることが必要だということを教えてくれるんだよ。
次に、適切な対応をしたあとに、
その気持ちを今この瞬間のなかで受け止めてあげることが必要だ。
そうすることでまさにあなたがいうように、
その出来事が自分のために起こってくれたということがわかるようになる。
どんなことの中にも、手放すことと得ることの二つの面がある。
それに気づくことで、結局失うものは何もなかったということがわかるんだよ。
90:82:2013/06/21(金)00:22:16.37ID:BEbk1Usz
>>88
「無限の豊かさ」とは、視界をはみ出すほどの財宝のことではない。
財宝などないのだ、と理解することである。
あるのは「あなたの人生」だ。
それはあなたではない。だが、あなたである。
あなたは、あなたの赴くままに従えば良い。
それだけで良い。
明日自殺をしても、それはそのような心境になったからだ。
明日事業を起こしても、それはそのような心境になったからだ。
明日アフリカに向かってても、それはそのような心境になったからだ。
なぜそのような心境になった?
それが大いなる意識である。でもこの表現は持ち上げすぎている。
単に、あなたの人生が、いつも通り、あなたにそう仕向けているだけのことである。
91:名無しさん:2013/06/21(金)00:22:24.89ID:fgY0IOom
そうですね。状況や時代でいかようにもかわる。
ただ、男性から女性が生まれるという観念を今や、
女性性から男性性へと変化すると科学が神話を壊した。
科学が素晴らしいのではなく本来の自分が創った幻想が
神話を壊したのだからそれに従ってもよいでしょう。
被害者に強烈なトラウマという観念を植え込むことを
善悪がないからといって肯定はできません。
92:82:2013/06/21(金)00:26:55.57ID:BEbk1Usz
>>91
あなたが正義を持つように、他者も正義を持つ。
だが、どちらも「正義」に変わりはない。
ナポレオンは自国民からすれば英雄だが、敵国からすれば悪魔だ。
あなたの肯定は、正しい。
私の肯定は、正しい。
これが常にあり、そういう世界に生きていることを理解しなさい。
あなたにとっての幸せは、誰かの不幸である。
では幸せになれないのか?
それは間違い。
幸せなんてものは存在しない、そういう視点になれば
幸も不幸もないのである。
93:82:2013/06/21(金)00:29:56.80ID:BEbk1Usz
カレーを食べるから、今日は最後にする。
私のどうでも良い話につきあってくれてありがとう。
心から嬉しかった。ありがとう。
94:名無しさん:2013/06/21(金)00:32:43.35ID:fgY0IOom
>>92
私はあなたが自分の我儘ほうだいを通すような人間には思えない。
二人のチャットなら納得したかもしれません。
私は正義や悪にこだわってません。
もともと私の意見も単なる幻想で、偽物のようなものなのですから。
私は悪だから言い切れます。駄目なものは駄目なのです。
フェミニストではないですけどね。
96:93:2013/06/21(金)00:36:09.28ID:BEbk1Usz
>>94
>私は何の躊躇もなく悪に回ります。
カレー食べながら、ちょっと感動させられました。人間も捨てたもんじゃないな。
おやすみなさい。
99:名無しさん:2013/06/21(金)00:44:04.60ID:cykPCxzP
私が君を中途半端だと思うのは、
「どうでもいい」と言いながらも「やりたい事」といった欲求には執着する点だ。
全ての執着を手放すという事が徹底されていないように見える。
101:93:2013/06/21(金)01:06:57.09ID:BEbk1Usz
>>99
食べ終わりました。
あなたの言う通りである。
私が学ぶために、あなた方がいる。
私の視点はそうである。
ただ、私が学ぶにつれて同様に理解が広がる人もいるかもしれない。傲慢ではない。
なぜ釈迦やキリストが教えを伝えたのか。
それは自らが、まだ足りない何かを学ぶためだったかもしれない、
2大覚者に対して、それは妄想と言われるかもしれないが、確証はないだろう。
では「足りない何か」とは何だ?
すべて知っているのになぜ人に伝えたのか?
覚者であれば、世界すべてが己、という境地に達する。
だから伝える必要はない。
つまり、本来の「ワンネス」の境地に溶け込んでいなかったのだ。
溶け込んでいれば、名を残さない。
しかしなぜ、仏陀やキリストは「人に伝えた」のだ?
全部つながっているんじゃないのか?
「悟りを開いた者」と言われながら、
実は修行を続けていたのではないだろうか?
修行を続けていたということは、欲していた、ということである。
それはワンネスとはかけ離れた分離の世界である。
なぜ分離を生きていたのか、それは本来の宇宙の原理の目的を果たしたかったからだ。
人の優しさは「出来事」を通じてしか体験できない。
それはつまり「人生」が運んでくることであり、自ら「発生」できないからだ。
つまり「分離」があるゆえに、優しさを感じることができる。
釈迦もキリストもそれを当然理解していた。
意外なことに、彼にも我々と同様に「人生」に生きていたのだ。
だから観ていたのだ。多くの人の人生=自分にもたらされる愛を。
だから私は学ぶ。
あなた方も何かしら、学んでいる。
だから感謝しかないのだろう。ありがとう。
どれだけ言葉で話ても、伝えきれない。
ありがとう。本当にありがとう。
みんながいるから私は学ぶことができる。
私は存在を与えられている。
皿を洗いながら、そんなことを考えてました。
102:名無しさん:2013/06/21(金)01:15:20.13ID:cykPCxzP
>>101
ワンネスは肉体とは別の事だと思うよ。
彼らが教えを説いたのは大衆が苦しみの中にいることを知っていたから。
自分と同じ境地に来て欲しかったんだろう。
103:名無しさん:2013/06/21(金)01:21:37.02ID:BEbk1Usz
同じ境地にきて欲しい。
それはあえて分離をしていることだ。
それは>>94の方と書き込みと同じ匂いを持つ。
104:名無しさん:2013/06/21(金)01:25:14.75ID:cykPCxzP
>>103
仏陀やキリストはワンネスの中にいる。
でも大衆は分離された自我の中にいるんだよ。
分離されているという思い込みの自我から解放されなければならない。
106:名無しさん:2013/06/21(金)01:30:30.59ID:BEbk1Usz
>>104
なぜ仏陀やキリストがわざわざ分離を経てまでして伝えたのか?
ワンネスにあるならば、伝える必要はないはずだ。
つまり、あなたの言うように他者を導きたかったのだろう。
だがそれは欲望である。
だが、それは優しさである。
なぜこんな美しい世界を捨ててまで、解脱したいのだろう?
苦しみや、ささやかな幸せを享受できる、こんな美しい世界が見えていないのかもしれない。それは私も同じである。
107:名無しさん:2013/06/21(金)01:50:56.45ID:BEbk1Usz
誰かが書いていたように、悟る者は語らない。
だが、我々が「悟り」というものがある、それを知っている時点で
悟りを得たものが、語っている歴史があるということだ。
だが伝えるということは、自我の納得のことである。
つまり欲望を満たしているということだ。
仏陀もキリストも、これをみんなわかってくれたらいいな。
という欲求を満たしたかったということになる。
つまり自我に囚われている、という見解になる。
だが彼らには優しさがあった。優しさもエゴである。
だが、エゴこそ、人生であり、
エゴこそ、苦しみであり、
エゴこそ、嬉しさであり、
エゴこそ、悟りを認識するシステムであり、
つまりは、
悟っていたのだ。
だから大いに苦しみ、大いに喜べばいいのだ。それが人生だ。
146:名無しさん:2013/06/22(土)09:00:49.38ID:m2mK8czy
>>144
人生のせいにしているのではない。
あなたをとりまく「人生」こそが、あなたなのだよ。
あなたは人生というの中でしか、意思を持つことはできない。
つまりは「サッカー」という枠の中では、基本的に手を使うことは許されない。
これは前提である。
あなたが貧しい家庭に生まれたならば、富豪の暮らしはできない。
ただそれだけである。
人生のせい、ではない。人生がそもそもの、あなたという「箱」である。
147:名無しさん:2013/06/22(土)09:04:45.66ID:ceFsEnYY
>>146
話をすり替えてる。
記憶が今の自我に影響を与えてる部分はあるがそれだけではない。
何事も人生のせいにする事はできない。
君は狭い見方しかできないようだ。
149:名無しさん:2013/06/22(土)09:12:56.43ID:m2mK8czy
>>147
あなたがそう思うならばそうなのだろう。
そして、あなたは私と同じことを書いている。
そのようにレスをしているということは、
「概念」で私を観ているからだろう。
何事も人生のせいにすることはできない。
なぜならば、人生という背景こそが
あなたを形成しているからだ。つまり人生こそ、あなたなのである。
それをもっと深い視点で感じなさい。
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