2020年9月19日土曜日

自分さん26 「お金に困らなくなる」とは、お金にまつわる執着を捨て去さることである。

87 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:hIuA9PfL

書くべきが迷ったが私はとても身近で愛する人を毎日看病している。
タイムリミットが迫っている状態だ。

彼女のわがままも許せるし、せめて少しでも多くの世界を与えたい。
それは私の「納得」だ。

そう認識すれば、世界は私のわがままが許されるのだろう。
人は儚い、それは幻想である。

何のための「生」か。
意味などないのだろう。蚊が両手で叩かれつぶされるときに
我々は彼の命の重みを感じない。
つまり、生に意味はないのだ。ただ、在るだけだ。


101 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:hIuA9PfL

描かれた絵があり、それにどのような色を塗っているかは
人それぞれだ。それが各々の世界である。

だが絵ではなく、絵が描かれている画用紙に目を向けたとき
すべては、あなたの中だけの世界だったことに気付くだろう。

つまりあなたの人生そのものであり、それらこそがあなただったのだ。

とまあ、いつものように書いているが
最終的には理解がすべてを超越する。

つまり「人生って何だ?なんでこんなに苦しいのだろう」と
悩みまくっていたあげくに「もうどうでもいいや、なるようになればいいさ」と
流れに委ねたときと似ている。開き直りも諦めも、自我を捨て去る有効な手段だ。

あなたが今置かれている状況、例えば生活苦や孤独、病気など
それら単体でものをみるのではなく、それにまつわる経験の結果、
自らの判断ミスや苛立ち、悩みなどを生み出し、
苦しみをさらに増加させているかもしれない。

そういう時は、常にこのように唱えなさい。

「完璧だ。私は完璧に失敗している」

すべては完璧なのだ。そしてあなたは完璧に失敗しているのだ。
もうどうしようもない。どんな手を尽くそうが、さらにもがき苦しむだけだ。
完璧に失敗していることを受け入れなさい。
そうすれば次の扉が開く。

金持ちになりたいが、貧乏から脱出できなければ
もう追い求めるのをやめなさい。あきらめなさい。
もっと簡単な「求めるまでもない」ようなことに目を向けなさい。
いずれ「金持ち」になっていることに気付いているだろう。

トンチの類いではない。

求めている人は、根本的に間違えているのだ。
異性にしろ、金にしろ、自由にしろ、
それらを得たときに、どういう感覚があるのか。
あなたは無限の創造が可能なのだ。
この意味を理解しなさい。


104 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:hIuA9PfL

このスレッドの人は二元論はなぜかよく理解しているようなので
それを切り口に進めてみようか。

求めるとは「ない」から求めるのだ。
これはよくスピリチュアルで言い回されるものだ。

つまり求めるとは「持っていない」を意識しているから生まれるのだ。
では先に書いたように、求めない状態になったときは
「持っている」‥ではなく「持っていない」が生まれないのだ。


よく例えに出すが、サッカーに興味がない人は
昨夜の試合で何があったかなど、人生の砂粒にも存在を与えていない。
だがサッカーファンからすれば、飯よりも重大な出来事なのだ。

サッカーが気になって苦しくて苦しみまくっているならば、
サッカーに興味を持たなくなればよいのだ。
そうすればサッカーを超越できる。

つまり「サッカーの中にあなたがあった」ことから
「あなたの中にサッカーがある」状態に移行する。
しかし興味もないので、それがあることすら認識していない。
だが、サッカーはただ、在るのだ。

耳を澄ませて初めて隣の席の客の会話が聞こえるような店内と同じである。
隣の客の会話は常にそこにあったのだ。だがあなたがそれに存在を与えていない。
つまり隣の客の話に一喜一憂など苦しみを覚える必要もない。

これをお金や恋に置き換えなさい。
超越すれば、すべてあなたの手中である。


105 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:hIuA9PfL

幸せになることは不可能だ。なぜなら「幸せ」とした時点で苦があるからだ。
だから「苦しみのない」人生になる必要がある。

これは仏陀の法そのものだ。
何事にも執着をしない。
執着の意味を間違えてはいけない。
あなたの目の前を車が走っている。
もうこの時点で執着だ。
車という認識を与えている。

しかも「目の前を車が走っている」と言語化している。
このレベルすらも放棄することで執着から離れることができる。

ただあるがままに観るのだ。
言語化や認識をしない状態、つまり「感じた」時点で止めるのだ。

肌寒さを感じたとする。
もうこの時点で思考の奴隷である。
「寒い」も「感じた」も事後認識だ。
肌になんらかの刺激がある、その瞬間のみを感じるだけだ。

それを習慣化していけば、当然執着は消え去るわけだが
なんと世界は自ら作った幻だったのか、と心底納得できるだろう。
納得も執着だが、基本的には無執着状態と執着状態が入れ替わることで
無執着状態があったんだ、後手後手に知り得る流れとなる。

これはマネーゲームからの脱出も、同じことを言っている。


106 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:hIuA9PfL

明日も出社で、会社に行きたくない人いるかな?


107 :名無しさん:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:rC0T3obk

はーーーい!行きたくないです。自分は社員じゃないので結構、気楽な立場だけど。
せんせい、でも寒いと口に出すことで、皆も寒い寒いといいだして、いい方に転ぶと
よっしゃ、俺が、てっちりでも奢ってやるか!と部長がいってくれた流れがあった。
あれは、ラッキーだった。



108 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:hIuA9PfL

あなたはそれでよい。超越を感じる。
ほかのみんなも彼のようなスタンスになりなさい。


125 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN ID:UCCLRl3s

「マネーゲームから脱出する法」は
執着を手放すためのハウツー本である。
ならば執着を手放していった先に何が見えるのか。
つまり自らの思い込み(雲)が晴れ渡った時に
そこに輝く太陽とはどんなものなのか。

あなた方はそういう内容を読んでいるのではないか?
「お金に困らなくなる」とはお金持ちになるのではなく
お金にまつわる執着を捨て去さることなのである。


「どうでも良いもの」の認識に立てば
お金が減ろうが増えようが、どうとも思わない。
サッカーに興味のない人が、昨夜のゲームの結果やプレーなど
微塵とも意識していないのと同じである。

ただ何の色づけもしていない「お金」や「サッカー」が
ただそこに在るだけになる。

さてここから面白い話をしてあげよう。
だがこの話を真に受けとると、執着を手放せなくなるから注意が必要だ。

お金でもサッカーでも生活でも「それら」がただ、
そこに在るようになれば勝手に流れ出すのだ。
つまりあなたの執着がその動きをせき止めていたのである。

実例として、あなたのまったく知らない幸せそうな家族がいるとしよう。
お父さんはわりと年収の高い安定した職業に就いており
お母さんは家事に習い事に毎日楽しく過ごしている。
子供達も素直に良い子に育っている。
あなたから見て、とても「良い」と思われる家族だ。

実はそういう家族はこの世界にごまんといる。
なぜか。

あなたの執着外だからだ。
だから「家族」として、あるがままに流れているのだ。


126 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN ID:UCCLRl3s

あなたが生まれる前から歴史はあり、
あなたが知る前からすべてはあった。

ここで面白いのは、あなたがこの先も「知る」ことができるのは
すでにただ在るもの、だけだ。
あなた知った時点であなたの世界の執着となる。
一般的な家庭環境の子供は、請求書を知らない。
だから何の苦もなく、生活が回るのだ。

だが、その子が暮らしている中に「請求書」はただ漠然とそこに在ったのだ。
大人になり、それを知ってしまったのならば
それに対する思い込みを捨て去るしかない。

異性を知ることで、異性を意識するようになる。
それまでは何のためらいもなく、単なる人間として観ていただろう。
あなたがそれを「異性」と知らなくても、それはそこにあったし
知らなくても、うまく流れていたのだ。

だが意識をした途端、つまり執着を持った途端、
その流れは詰まり出す。

思考は制限を意味する。

地獄とは他人である、そうサルトルは説いたが、
それは他人を意識したからだ。


136 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:AvoxFXSE

あなたは世界に受け入れられていることに気付きなさい。
あなたが呼吸をしようが、歩こうが、自己中心的な考えを持とうが、
何かしようがすべて可能だということは、世界に受け入れられているのだよ。
そういう自在なフィールドを与えられている。

つまりあなたは世界に受け入れられた貴重な存在なのだ。

あなたは常に何かに包まれているだろう。
視界のすべて、聞こえてくる音、肌で感じる気温、感触。
それらを信頼しなさい。

ラジニーシの言葉だが、鳥たちも木も、
自らが感じるすべてを信頼して生きている。
絶対な信頼だ。それは揺るぎない。

あなたは受け入れられているのだよ。すべてに。
それに気付きなさい。それらあなたの「意味」だ。

そして、感じるそれら、信頼するそれらが己であることを理解するだろう。


137 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:AvoxFXSE

いつも包んでくれているそれらに常に信頼をしなさい。
友好的な対応を忘れないようにしなさい。


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