2021年3月8日月曜日

自分さん47 行為には常に意識的でありなさい。それが絶妙な距離感を生み出す。


496 :名無しさん:2013/11/03(日) 12:51:23.73 ID:VzQJATcu

物理法則を超える事は可能かもしれません。可能性は無限だと私も思いますから。
ですが、現時点ではそれはSFの分野です。

オウム真理教の事件でもよく解りますが、浅原氏も全くのエセ詐欺師でもなかったようです。
それなりに修行もつみ、何かの称号も貰ってたような。それはwikiで知った範囲ですが。

犯罪の善し悪しは別としても、その長年、修行を積んで探究した浅原氏でさえ
空は飛べていない。空中浮遊といっても座禅して飛び跳ねてる程度に見えました。



503 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 13:31:35.74 ID:DtOoIBWb

>>496
強い言い方になるかもしれないが、あなたの見解は見当外れだ。
そういうことではないのだよ。

よく書く話だが、頭で「指よ動け」と念じてみなさい。全く動きもしない。
だが実際に指が動いているとき、それを見ているしかない、
つまり事後を知るしかないのだよ。

そこに科学も法則もSFもない。
ただ「見た」だけだ。

そういえばロバートの新刊でウォーゲームが紹介されていたね。懐かしい。
まさに「勝つことのないゲーム」「幻想に対して必死に立ち向かう徒労」が
描かれている。未見の人はぜひお勧めする。
我々の現実とはまさにあのようなものだ。


500 :名無しさん:2013/11/03(日) 12:56:19.49 ID:woURJ5OJ

じゃあ誰が送信してるんだろうな。神?



503 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 13:31:35.74 ID:DtOoIBWb

>>500
いまの段階ではそこはまだ書かない。
私の書いていることが全部ひっくり返るから、
多くの人がますます理解できなくなるだろう。
いつもそうだがね。

基本的に感覚器官はすべてマインドだから
マインドは受信するのみ、そう捉えておけばよい。

決してマインドに主導権を握らせてはだめだよ。
完璧にうまくいかなくなっている。
そこに「苦」を感じるレベルの人が多いからね。まだ。


501 :名無しさん:2013/11/03(日) 13:24:36.36 ID:+2and9s2

>>495
自分さん
私は知識としては、理解してる。

この二年くらい様々なアドヴァイダ系の書物を読んで納得してる、
あなたのレスが美しくてほとんど粘着してるw

だが、実感できないのだ、できそうで、できないのだ、
そう思うのも観念であるし、追い求めるのも覚りを対象にしてしまってるように思う。

本当に探求が終わる時、探求者なんていないのだろうか。



504 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 13:34:58.06 ID:DtOoIBWb

>>501
探求者がいれば、いる。

あなたはいま、ハエの生態に興味があるかな?
なければ、その探求者のあなたはいない。
だがハエの生態は変わらずある。
あなたが意識しなくても、それはある。

だがあなたが探求をすればするほど
膨大な知識と研究、時間、金、人生を費やし、
時には楽しさもあれば、時には苦しみもあるだろう。

だが、ハエの生態にまったく興味がなければ、
それら楽しさも苦しみも、あなたにはまったく現れない。


505 :名無しさん:2013/11/03(日) 13:41:27.12 ID:VzQJATcu

>>503 仰る事に納得です。だからこそです。
指を動けと自我が命令しても指は動かない。
お腹が空いたや、何か物事のなさねばならない、危機回避などで
意識せずとも勝手に動く。ダンスのリズムとりなんてのもその一種ですよね。

私の自我で感覚器官が動かせるわけではないのです。
内側が外側なり外側を知ることで内側がある表裏一体とすれば外的状況によって
自然に行動できるようになっている。それが神の摂理だとも思うのです。
だからこそ引き寄せは自分の思うようにはいかない。



506 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 13:46:07.35 ID:DtOoIBWb

>>505
あなたはすべて「受け身」であることを知っているのだから
それに任せておきなさい。

正直なところ、人生なんて何もしなくてもいいのだよ。
何も考えなくてもよいし、何も起こすことをしなくてもいい。


すべて勝手に流れていくだけなのに、多くの人はそれが理解できない。
そこに恐怖を感じるようだ。

自分の力じゃどうにもならない局面に遭遇したとき、
そういう部分がわかり始めてくるから、知識ではなく、
何らかの受動的な切っ掛けは必要なのかもしれない。

ただ、それもそういうイベントが起こるときは起こるから、
何も考えなくてもいいのだよ。


507 :名無しさん:2013/11/03(日) 14:00:43.49 ID:VzQJATcu

>>506
仰る通りです...。
誤解をされてるかもしれませんが、
反論はしていますが私はあなたを嫌いではありません。
あなたは助けたい時助ける人であるから。

私は大人になりシステムを知った。
お腹が空いたといってポンと食べ物がでてくる魔法が使えないことを知った。
何もこだわりがなければ、お腹が空いた時、その行動を自然に起こす。

お金がなければ盗みに。それも自動的に起こるものだ。
モラルや社会秩序にこだわって善悪を追究したところで仕方がない。
戦時中、余裕の無い時は誰しもけして道徳的な行動はとれなかったのだから。

ですが無駄な抵抗はしないほうがいいと思いますが、
私は今の所まだ、衣食住には極度に余裕がない状況ではない。

衣食足りて礼節を知るではありませんが、
今の人格レベルで善悪の基準を壊してしまうわけにもいきません。



508 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 14:04:36.72 ID:DtOoIBWb

いまからエビを買い足しに行ってくる。バーゲン中だそうだ。

>>507
オーケー。上で書きかけていた「神?」のあたり、
それについて書いておくよ。準備はいいかな。


まず我々は物質ではない。

あなたが猫を見たとする。
あなたは猫でも人間でもなく「見た」という現象そのものなのだよ。
だから姿形があると思い込んでいるだけで、それらアイデンティティは幻である。
あなたが何か音を聞いたなら「聞いたこと」が本性だ。

ちなみに、物と物が接触して音が鳴るのは
思い込みであり、それらは別個のものだ。
なぜならば「聞いた」があなたであり、そのために
「音」といわれる材料が用意されただけだからだ。

すべて逆なのだよ。
結果が始めにあってから、原因が準備される。


だからあなたの見たこと聞いたこと、
それらはあなたと融合してプラマイゼロになる。
そのゼロ地点があなたそのものであり、正体だ。

まあうだうだと書けばいくらでも書けるが
余計に混乱するだろうから、思考は苦しみ製造装置と思っておればよい。


510 :名無しさん:2013/11/03(日) 14:18:29.92 ID:lbNFYgyo

>>508
質問です。

>いまからエビを買い足しに行ってくる。
さり気なく書かれたであろうこのことについて、

>結果が始めにあってから、原因が準備される。

ならば「エビを買い足したいと自分が思っている、
という結果を観察した」ということですかね?

そして「自分の手元にエビがある」という結果が生じ、
後から頭で「それは自分が買いに行ったことが原因だ」と考えると。

ついでに「447」という自称「悟りを開いた引き寄せの達人」が
「時間は過去から、未来に流れているのではなく。未来から過去へ流れています」
と書いていましたが、これは「結果が始めにあってから、原因が準備される」
に通じるといえそうですね。



520 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 16:18:31.31 ID:DtOoIBWb

>>510
例えば、私はエビを買ってきたが「私は何もしていない」。

これが理解できるかね?
つまり「エビを育てている」というそもそもの前提があり、
予測しないタイミングで「バーゲンをやっている」と外部情報が入り、
私の体が勝手に反応をし、車を運転して店に行き、そして買った。

この一連の流れの中で思考による摩擦抵抗はないのだ。
トイレをしたくなったからトイレに向かい用を足すのと同じ。

だがその一連の中で「今月無駄遣いしてるしやめよう」とか
「こんな雨の日にわざわざ行かなくても」など、飛び込んできた
「エビ情報」そしてピュアに反応した感情(思考以前の)にとって
それら思考は摩擦抵抗を生み出す。それが苦になるのだ。

未来や過去の「いま目の前にある現実を阻害する要因」を一切意識せず
目の前にある現実を受け入れる、これはまさに自動行為だ。


もちろん交通ルールを守りながら運転をしてきたし、
レジで金も払ったが、本当にそのようなことをしてきたのかすら曖昧だ。

ただ気がつけば目の前の水槽でエビの数が増えている。

時間は概念である。それは理解しているかな。

自転している地球上に立っていても、私が以前書いた、
ターンテーブルの針はそのままでレコードが回っていることも常に「いま」である。
あなたの認識している周囲が刻々と「過ぎている」のではなく「変化」しているのだ。

結果が始めにあり、原因が準備される。その意味はこうだ。

常にそれらに包まれているのだ。
だがあなたがあることを見たときに、記憶が引き出される。

記憶とて、本当に「過去」と呼ばれるエリアからの蓄積かどうかといえばそれも幻だ。
瞬間瞬間に、その記憶が過去にあったとされるのだ。
つまり今日の私のエビの買い物のように。

つまりこういうことだ。
「今日あるものを見て、欲しいと思った」なぜそれが欲しいと思えたのかね?

結果が先にあり、その原因が準備される。
常に「いま」だ。



511 :名無しさん:2013/11/03(日) 14:28:48.05 ID:lbNFYgyo

それと>>478で回答いただいた引き寄せの話で追加の質問なのですが、
自称でも何でも「引き寄せの達人」がいるのに対し、
全然引き寄せられない人もいます。

両者の違いはどこにあるのでしょうか。
どういう観念、視点の違いがあるのでしょうか?



522 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 16:26:00.78 ID:DtOoIBWb

>>511
引き寄せの法則は、簡単に言えば結果論のことだ。

だが、がっくりくるような意味合いではなく、結果が先だからだよ。
本当に「先」にそれを望んでいたのかな?
思考が止まれば常にすべて引き寄せ成立である。

上でも書いたが
「金持ちになるぞ」ではなく「金持ちになっていた」だ。


524 :名無しさん:2013/11/03(日) 16:45:31.00 ID:lbNFYgyo

なんだか公案に臨んでいるような感じがしてきました

>>520
>例えば、私はエビを買ってきたが「私は何もしていない」。
これが理解できるかね?

言葉で表現するなら、それは
「結果的にそうなっていたから」ということですかね。

書き込みを引用すれば、思考による摩擦抵抗がないので
苦も生じず、自動行為でそれは行われた、と。

ただトイレに行きたいからトイレに行ったということを、
いちいち何か行動したと認識しないのと同様に。

>>522
常に引き寄せは発生していて、
自分が意識を向けた物はすべて「引き寄せられた物」ということかしら。
シュレーディンガーの猫のように、フタを開けた時点で引き寄せ成立と。

「猫を生かすぞ(死なすぞ)」ではなく
(フタを開けたら「猫は生きていた(死んでいた)」



527 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 16:57:09.51 ID:DtOoIBWb

>>524
いやいや私も楽しいよ。

行動と行為の違いがわかるかな。
行動はマインドを主体とした動作であり、思考もそこに含まれる。

行為とは自然発生している動きだ。
必ずそうなるために、それが起こっている動作のことだ。
呼吸や内臓の動き、歩いているときの脚、何かを取ろうとするときの手など。

行為には常に意識的でありなさい。
意識的であるということは客観視点、つまり絶妙な距離感を生み出す。
自らの肉体に対しての距離だ。その距離こそが真実のエリアでもある。


シュレディンガーの猫の解釈は、
それを問題としてとるから答えがないのだよ。

ただ、そうであった。答えはそれだけだよ。



2021年2月28日日曜日

自分さん46 あらゆるものを客観視できるようになると、自由になれる。


475 :名無しさん:2013/11/03(日) 00:11:13.42 ID:SfO9e8u1

OSHOのJOYは面白そう
是非買いに行くヽ(◎´З`)ノ彡☆



479 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 08:29:33.90 ID:DtOoIBWb

OSHO、つまりバグワンラジニーシはその教団が巨大になりすぎて
彼の残した講話録を始めとしたビジネス展開が多く行われている。
まあ、教団の金儲けに彼は利用されている形となっている。

カードなどは私はよく知らないが、
彼の講話はとてもユーモラスで現代的、そして洞察が深い。
出されている本は、彼の講話を記録したものを
テーマごとに書き起こしている。

スピリチュアルな観点ではJoyがあなたたちにはベストだろう。
ロバート3部作をひとまとめにして、さらに完成させたような一冊だ。
私が愛読しているのは、存在の詩内なる宇宙の発見
そして新瞑想法入門だ。まあ読んでみなさい。

あと手に入れられる機会があるならば
ダグラスハーディングの著書、今ここに、死と不死を見る
これも素晴らしい。

数十年も独自の「脱出的」解釈を追求したものの
高齢ゆえにいずれ来る死への不安、恐怖に怯えた老人の手記だ。

自ら実験を繰り返し、毎日机に向かって
記録を取っている姿が浮かび上がってくる。
エゴに塗れた自己が「そこ」に到達する、感動的かつ
人生的なジョークに満ちたノンフィクションだよ。

すべての本は、何度も読み返すことだ。何十回も何百も。
読み直すたびに観念が変わっていく。刷り変わっていく。


477 :名無しさん:2013/11/03(日) 03:21:47.32 ID:4K9XATVp

>>471
瞬間的にはこういう風に前向きに考えればいいんだ!って
思うけど、長続きしない。

周りなんてどうでもいいやって思っても、次の日にはまた元通り。
選択肢を変えていく決心がいるんだろうね。
決心した事をやり続けるには根本的に何かが変わらないと無理だろうね。



480 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 08:33:38.82 ID:DtOoIBWb

>>477
観念だ。あなたのルール自体を変えなさい。


482 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 08:47:54.80 ID:DtOoIBWb

スピリチュアル本は大きく分けて2分される。
ひとつは、己とは何者かを示すもの、
もうひとつは、現実を好転させようとするもの。

最初に後者を選ぶと、たちまち苦行になるだろう。

自分の現実を「都合良く」変えようとして
そういうメソッド本ばかりを追い求めるのをやめたとき、
また別の世界が見える。

だから、まずはその驚異に満ちた「あなた」という世界を知りなさい。


483 :名無しさん:2013/11/03(日) 09:42:04.96 ID:VzQJATcu

どちらも余り他人には勧めたくない。

注意しないといけないのが観念書き換えと言っても、
おそらく…、(これは個人的体験からで師匠からの教授や
本からではないので勘違いも多々あると思うけど)

観念書き換えは感性を無理に捻じ曲げるところもある。
空元気で一瞬軽くなった気はするが、捻じ曲げた、
無理した力は大きく帰ってくるような気がする。

これはどちらかというと物理に近い気もする。
不幸にどっぷりつかって長引くのは誰しも避けたいところだが、
不幸を幸せと感じさせるのは相当の無理と捻じ曲げ力がかかる。

自分が、逆効果だと思ってるのに、あえて物理や数学、
科学の理屈を求めるのは、自分の理解を超えて
パニックになった頭を冷やす意味もある。

理由はわからず頭が冴えて穏やかで何かがタイミングよくいった時、
確かに不思議なことらしくことは起こる。
雨がさっとあがって、ものすごく美しい虹が見れたとか...。

が、一度、それを不思議だな程度から、
奇妙だとか気持ち悪いとかなるとノイローゼまっしぐら。
だから体験を追及したくともスピ本は殆ど購入しなかったし瞑想もやめた。

以前、自分さんも書かれてたが、夢物語でなくタイムラグはあっても
本当にオカルトじみた物さえ自分が信じればでてくるのだとしたら、
おおよそ、その後のコースは予想がつく。

精神課通院→原因解らず占い師や霊媒師の元へ。
これは体験したわけでなく芸能人やメディアを見て
勝手に思い込んでる自分の観念だが、
それを換えようとも思わない。



484 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 10:00:31.14 ID:DtOoIBWb

>>483
あなたのその書き込み内容のすべてが、あなたの観念でできている。
あなたがノイローゼになるならばそうなのだろう。

観念を変えるとき、確かにある種の恐怖はあるだろう。
なぜならば、それまで保持してきていた「自己」を失うことになるからだ。
つまりは、自己など記憶や習慣の積み重ねで形成された幻に過ぎないということだ。

頭に思い浮かぶものは、当然思い浮かぶ。
そのように捉えるのではなく「思い浮かばないもの」は絶対に浮かばないのだ。
我々は知らないものは、想像することすらできない。
「知る」とは観念の枠組みの中で作用する。

あなたはもっと知る必要がある。
だから扉を開きなさい。


485 :名無しさん:2013/11/03(日) 10:11:27.21 ID:VzQJATcu

その扉を開いた力を自我で制御できるのですか?

私が危惧するのは超能力者レベルや霊能力者レベルまでいき、
不思議な事を自我の思うまま、起こしたい時に起こせ、
起こせなくない時は起こさせない。それならいいのです。

しかし軽い引き寄せ経験者にも実感はあると思うけれど、
意識して引き寄せられたことなどないでしょう?

全く頭に予想もしてないことがらがあるタイミング、
点の元で一瞬にして脳が関連付け引き寄せを自覚する。
電光石火のように。

私は引き寄せや不思議な事柄を、超常現象や自己啓発の
心理学的分野というより、脳科学。それにもっと物理的な現象だと
とらえています。物理的といえば語弊はあるが...。
それが今、量子論と関連付けられているのかもしれない。

私も仏様への信心はありますし、それを否定しようとは思いません。
ですが、まあ、理屈はどうあれ自分の意識できる範囲の意識で、
その現象は起こせるのか。

それに無意識が起こしたとしても、自我がどうにもできないのに
無意識が起こしたということを知って本人は幸せなのか。
自分に責任のない事故やなんやらも貴方の無意識が起こしたといっても
本人はどうしようもできなくて悩むだけですからね。

その悩みの波動が余計に負の現象を引き寄せないとも限らない。
住職や師匠のついて指導の元なら別ですが。

本によっての自己流で目を開かそうとは怖くてできません。
ちょっとした偶然に浮かれて夢があるな程度で十分だと思います。


486 :名無しさん:2013/11/03(日) 10:21:21.17 ID:B6wmLZdF

観念を書き換えると言うより、
観念を捨てて本来の自分に戻っていくってことじゃないのかな。



487 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 10:29:37.85 ID:DtOoIBWb

>>486
どこまで行っても観念なのだよ。
観念を捨てるも、書き換えるも同じ。
観念を捨てた、マインドを捨てた、そういう観念の世界に到着するだけだ。

昨日も書いたが、完全な原理主義を求める人は
いわば一生熟睡状態になりたい、そう言っているようなものだから
まあそんなもの、体験しなくてもいずれやって来るから
どうせなら現実の「苦」というくだらない幻を二度と作らないようにしなさい。

>>485
自我で制御、それすらもあなたの観念の世界のお話だよ。
「生」が舞台だ。

あなたがどこまで進もうとも戻ろうとも、すべて舞台の上での茶番なのだよ。
観念を変えると書けば仰々しいが、要は、視点を変えなさい、ということだ。

「いまに在る」を日頃習慣付けておれば、自分の思考どころか
肉体の動きすら客観視できるようになる。
もはや出来事に振り回されることも、あれこれ人生の作戦を練る必要もない。
ただ毎瞬起こるイベントを見ているだけだ。



489 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 10:39:59.93 ID:DtOoIBWb

私は少し違う視野を知っていて
あなたはまだ知らない。
だから私の話には想像でもできないだろう。

裏を返せば、あなたも最初から知っているのだが、
思考が制限を生み、あなたの書き込みの如く、
自ら縛り付けて、知っているものが見えなくなっているのだよ。

思考は制限である。
あらゆるものを客観視できるようになると思考は力を持たない。
つまり自由になれる。



491 :名無しさん:2013/11/03(日) 10:45:42.84 ID:29viEk5x

>>489
それも全て君の思い込みだ。
君のイメージで私を決めつけた。
思い込みが激しい人は大抵こういう感じだ。


492 :名無しさん:2013/11/03(日) 10:47:51.39 ID:+2and9s2

自分さん

自由意思はある?ない?
観念の変更すら委ねられているのか?

納得したいんだよ


493 :名無しさん:2013/11/03(日) 11:25:07.10 ID:4K9XATVp

>>489
物理法則も自分の観念?



494 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 12:39:30.73 ID:DtOoIBWb

さて。
>>493
物理法則は何かね?あなたのその答えが、答えだ。

>>491-492
いいかい、頭を柔らかくしなさい。すべて逆だよ。
発信側ではなく、我々は常に受信側なのだ。
「金持ちになるぞ」ではなく「金持ちになっていた」のだよ。

言葉の制限があるからこれもメタファーだが、
すべてに置いて客観的な視野を持ったとき
以前話した指の動きを観ているように
すべて「動作後」を、我々は知るしかない。

それを「自分があれをしたから、この結果になった」と
妄想で喚いているだけのことだ。

自由意思とか観念の変更すらどうなのか?
その質問に対する答えは
「自由意思とか観念の変更すらどうなのか?」だ。

何か目の前に見えたなら「見えた」のだよ。
決して「見る」が先にあるわけじゃない。
見るという行為を、結果的にあなたが知っただけのことである。
すべて逆だ。


495 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 12:45:03.46 ID:DtOoIBWb

ちなみに、自ら行動を起こそうとしているとき
「自然発生的にそれらが起こっていること」を理解していなければ
必ず苦しみが生まれる。

行動ではなく、行為を見るのだ。ただ眺めるのだよ。
決して自発的な動きではない。天候が変わるように、
自らに起こるすべては自然発生している。

ただね、そこまでのことを伝えても理解できないだろうから
いつももっと表面的なお話に留めている、
まあそれすらも、自動的に書かれている
自動的に発生する思考を私は眺めているだけだがね。

つまりあなた方のレスポンスですら
私の指の動きと同じ認識である。

その波動の渦に浸かりだすと
結局すべては「同じもの」であることが垣間見えてくる。
いいかい、受信側であることを理解するのだよ。
送信側ではない。





2021年2月21日日曜日

自分さん45 思考があれこれ躍起に「変えよう」とするから苦しいのだ。変容は自然に起こり出す。


268 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/10/23(水) 02:31:29.35 ID:mggnp0Fe

もうひとつ書いておく。

上で便宜的に書いたが「奇跡」などない。
なぜなら、それを体験しているからだ。

シンクロニシティにしろ偶然の縁にしろ、
体験しただけのことだ。

つまりあなたが用意した体験に
あなたが体験しただけのことだ。

そのあたりの理解ができるようになってくると
時間すら存在していないことも見えてくる。
それはまたいずれ伝える。


269 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/10/23(水) 02:40:33.30 ID:mggnp0Fe

体験とは、それを体験するものがいて体験が成り立つ。
就職や結婚、失恋、失業、死別などもそうだが
指の動きひとつも体験である。

眺めるのだよ。思考はそれしかできない。
思考があれこれ躍起に「変えよう」とするから苦しいのだ。
変容は自然に起こり出す。


人間とて自然現象なのだよ。


277 :名無しさん:2013/10/23(水) 18:42:32.92 ID:AS+UKYkX

>人間とて自然現象

いゃぁ~しかし、あたりまえな表現だと感じてます。
以前のおいらが聞いたなら、単に素通りかも(汗)

我々が納得するには、根拠なく(体験なく)
受け入れられる状態にまで来てないと、難しいような気も。

そうでなければ、藁をもすがる想い(他力)が在れば、自力の抵抗を諦めるか、
それとも、この様なあたりまえな表現に対して心を奮わすなら、
自ら退くより他なくって・・・・・

最後には、妄想(夢)と、事実(現実)とが入れ替わる。
今のおいらの妄想です・・・・・



284 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/10/23(水) 21:23:14.64 ID:mggnp0Fe

>>277
あなたにはこのような説明が適切かもしれない。

この世界の我々はよくしゃべる。つまり言葉に支配されている。
だが、"あちら"の世界は「見ること」しかない。


409 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/10/31(木) 23:01:54.76 ID:H9MZ9A6p

USJで楽しんできた。ハッピーハロウィン。
少し本質とはそれるが、例えて言うなら、
来場客の一体感の向こう側にワンネスが見える。

例えばこの場所で「誰よりも目立とう」とか「自分は他とは違う」とか
そういう独立的な考え方は、まさに分離であり単なる苦行と化する。

ただ楽しければいんじゃないか。
己が誰とか、思想とか主義などは「楽しさ」を遠ざけてしまう。

場に溶けるのだよ。
それこそが世界に溶けることであり
己を捨て去ったときに「それ」がそこにある。
己を持ち続ければ「その楽しさ」は味わえない。


そして私が今日見たその世界は私の印象で出来上がった世界である。
「私」すら印象ゆえの幻想であることを悟れば
なんのことはない、すべては単なる娯楽なのだよ。

まあとりあえず、ハッピーハロウィン!


410 :名無しさん:2013/10/31(木) 23:08:04.20 ID:16YFTAHW

他人に説教したがるのもなw
それに楽しいというのも幻想だ。
個を超えれば楽しみなんてない。



415 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/01(金) 00:16:59.75 ID:SnqSHt7o

>>410
いつも思うが、というよりみんな思ってるんだが
君のは、単なる理屈であり気付きでもなんでもない。

さて、こういう私の話があなたの世界に現れた。
さああなたの出番だよ。

すべて茶番なのだよ。そういうことに
「理屈」ではなく気付きなさい。


416 :名無しさん:2013/11/01(金) 00:38:12.42 ID:PsA8uvXA

>>415
面白いね。
みんなそう思ってるのか。
君も彼らと変わらないからそう思ってるんだろうね。
君達とは違う個を超えた人にはわかると思うけどw



420 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/01(金) 09:27:21.59 ID:9wqiW2ft

>>416
私があえて「みんな」という表現を使っていることに注意しなさい。
あなたに向けられたものだよ。

私は「それ」を示すため常にメタファーを記している。
あなたを含め多くの人は単なる理屈を述べているに過ぎない。

確固たる是非はバケツの水の中で境界線を引いているようなもので
全く見当違いなのだよ。


421 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/01(金) 15:27:17.25 ID:SnqSHt7o

先ほど新刊を購入してきた。
私はダグラスハーディングやロバートシャインフェルドのように
凝り固まったエゴ視点から徹底探求をする彼らの冒険が好きだ。
人間的であり、情緒がある。

この幻想の外へ脱するという幻想こそ
我々が生きている上では必要なのだろう。

新刊の内容的には、以前私が書いた通り、
ある出来事に遭遇し、それが実際に思考にたどり着くまでの一瞬に
「オー!エクスタシィ!!」があるということを述べているに過ぎない。

外的刺激が思考にたどり着いてから初めて
ポジやネガといったジャッジが入るわけで、では、
ジャッジ以前のその発生した波動は何かと言えば、それこそがすべてなのだ。

マインドマシーンという暗喩を彼は使っているが、
一日の間で起こる何百万という外的な刺激に対し
それが思考反応する前に(つまり記憶に参照させる前に)
エクスタシーを感じておれば良い。

慣れるまではエクスタシィ!!と言葉だけ発しても良いが
いずれ本当に「どんな出来事」が起こっても、胸が踊っているような
そんな経過点があったことを知ることになる。
通常そこを過ぎてから思考の罠にはまる。

よく書いているが、欲しい車を手に入れた瞬間と
それを欲しいと思い描いているときのベースとなる感情は同じものだ。

つまり手に入れる必要すらない。
欲しい、いいね!という感情、ただそれだけだ。



423 :名無しさん:2013/11/01(金) 21:13:31.01 ID:PsA8uvXA

>>420
面白いねw
君は「みんな」じゃないだろう。
それともワンネスという意味で言ったのかな?
ワンネスは感情や思考を共有するものではない。
それらはマインドのものだ。



424 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/01(金) 21:33:57.76 ID:SnqSHt7o

>>423
まだわからないのか?
私はあなたの世界の住人なのだよ


426 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/01(金) 21:46:18.26 ID:SnqSHt7o

マインドという言葉もその意味もすべて、
あなたの世界の構築要素のひとつなのだよ


427 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/01(金) 21:48:51.44 ID:SnqSHt7o

あなたが私が囚われていると思う時、
囚われているのはあなたなのだよ。そこに気づきなさい。


468 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/02(土) 22:19:19.38 ID:4VHDJlmV

私はあっちの風景ももこっちの風景も深く見てきているから
何か聞きたいことがあるなら質問しなさい。
だがマハルシのようではなく、現代的な返答となるがね。

妙にそこに拘る人がいるが、正直どうでも良い話だ。
我々が認識しているすべては「認識できる中」のお話なのだよ。

つまりマインドだろうが、涅槃だろうが、所詮は
我々の人生の中の単なる経験でしかない。それは釈迦も同じ。

結局のところ、それらを包括している我々の「生」
それが完全なる空なのだよ。

別に事業に失敗したから、恋人に捨てられたから、
じゃあゲームオーバーではないだろう。

その後のそれなりのストーリーが続いていく。
だがそこから嬉しいと思われる展開になったり、そうでなかったり、
結局は「生」が舞台なのだよ。


469 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/02(土) 22:22:51.49 ID:4VHDJlmV

つまりは「生」が舞台であることを理解しなさい。
そこから視野を持つことで、すべて幸福であることに気付く。



472 :名無しさん:2013/11/02(土) 23:47:57.59 ID:vxBsDMim

>>468
質問させていただきます。
何か望んだことが起こる(いわゆる引き寄せのような)
ことは実際に可能なのでしょうか?そうならば、どのような態度で
どのように行動することが求められるのか?

それとも「何が起ころうとも、それは自分が望んだことなのだ、
つまりそれが幸福なのだ、と気付きなさい」ということでしょうか?

それと、>>471の
>観念が変わると不思議なことが起こりだすのだよ。

ということについても、詳しくお願いします。
たとえばどのようなことでしょうか?



478 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/11/03(日) 08:13:53.12 ID:DtOoIBWb

>>472
引き寄せとは、
つまり意識を向けたものがフォーカスされる現象を
あえて限定的にその部分だけを捉えた方便のようなものだ。

例えば、街を歩いていて通り過ぎる多くの車の
ナンバープレートを見たとき、ある秩序的な数列を感じたとする。

だがその「秩序的」というのは、あなたの勝手な関連付けに他ならない。
あの数字は母の誕生日と同じだ、とか、あ、次は弟と同じ配列だ、とか。

そうして意識を向けると、あなたはすでにナンバープレートそのものだ。
常に気になり、だが気にして探しても秩序的な配列は見つからない。
だがふと通り過ぎる車のナンバーを見たとき、なぜか秩序を見る。

だが数列は最初からそこにあったのだよ。
ただあなたがそれを見るようになっただけであり
そしてあなたがそれに何らかの「自分とそれ」に対して
関連を付けるようになっただけだ。

よくある、混んでいる駐車場で偶然目の前の場所が空いた、など
それは結果を見ているだけであり、それが起こらなければ、
その話は生まれなかっただろう。

うちのじいちゃんはタバコ吸ってるけど100歳で元気だ、
というのと同じような話だ。

つまり引き寄せとは逆説だ。
いつも引き寄せていることを忘れている、それに尽きる。


観念が変わると不思議なことが起こりだす。
観念とはあなたの世界観、つまり「あなたというゲーム」の絶対的ルールだ。
そのルールに沿った現実が、いまのあなたを取り巻いているだろう。

当然ルールが変われば、あなたを取り巻く出来事は変わる。
変わり始めたとき、あなたはそれまで体験したようなことのない
不思議な感じに包まれる。奇跡のようにね。

だがね、実はその新しい世界も最初からそこにあったし
あなたの隣で歩いている人も後ろを歩いている人も、
同じ世界に生きながら、あなたとは全く違う世界を見ているのだよ。